ケルンのSt.Peter(聖ペーター教会)は現代音楽(と現代芸術)のための場所。
この教会に私が初めて訪れたのは2007年。
2006年に始められた現代オルガン音楽のための国際フェスティバル、orgel-mixturenに参加し、
当時開催されていたマスタークラスを受講したのがきっかけでした。
orgel-mixturenで現代音楽に開眼し、ジグモント・サットマリーやマルティン・シュメーディングら
数多くの素晴らしいオルガニストによる演奏に出会いました。
そして2007年に当教会のオルガニストに着任し、この年のmixturen以来の友人である
ドミニク・ズステック(Dominik Susteck) に出会い、また当時私と同じケルン音大の学生で(のちに同門)、
ズステックの弟子でもあり、同じくマスタークラスに同時に参加していたのが、
今回のコンサートで初演した作品の作曲家であるトビアス・ハーゲドン( Tobias Hagedorn) でした。
12年の時を経て、こんな形で尊敬する友人達に再会し、特別の場所、特別の楽器で彼らの作品を
演奏できるなんて、言葉で表せないほど心が震える出来事でした。
私自身は、現代音楽に対して強い関心を持ち続けていたものの、実は今回の公演まで
どこかまとも向き合うことがずっとできずにいました。
時間や気持ちの余裕の無さであったり、どこかで「自分には無理な世界」だと勝手に諦めていたのかも。
同志社中高に赴任して10年になる今年、思い切って職場で長期研修を取り、
ようやく現代作品にちゃんと取り組み始めようとした矢先に、今回のお誘いを頂きました。
St.Peterでの公演では当然、プログラムの始めから終わりまで現代音楽のを求められるので、
私にとっては相当高いハードルのように感じていました。
しかし様々な素晴らしい偶然と多くの人のサポート、St.Peterの方々の理解や
ドミニクやトビアスの力強い後押しに支えられ、
2019年の奇跡的なFestwoche (演奏会週間)に出演でき、無事に終えられたことを
本当に嬉しく思っています。
8月12日、14日、16日と1週間の中でプログラムの趣向を変えた演奏会が3公演企画された
今回のFestwoche、コンポーザーインレジデンスであるフリアン・クインテロ・シルヴァ(エクアドル)
の新作初演や、エレクトロ(電子音楽)作曲を手がけるオルガニスト、トビアス・ハーゲドンの
エレクトロとオルガンのための作品、同じくエレクトロ作品を手掛けるロビン・ホフマンの新作など、
いくつかの初演を含み、3公演ともDeutschlandfunk(ドイツ放送局)により収録されました。
今回の公演は初めてなこと続きで、
ラジオ収録もそうですが、現地に着くまで作品の全容がわからないという新作初演、
そして、個人的な事情ではありましたが、演奏会前日までの1週間、楽器に触れないという
状況で、精神的にはかなり切迫したものがありました。
書くことは沢山あるのですが、ここでは14日のプログラムの中で演奏した
とてもユニークなトビアス・ハーゲドンによる作品について紹介したいと思います。
「Richtungen(方向)」というタイトルを持つ作品ですが、実はプログラム中唯一私がオルガンの演奏台で
演奏することのない作品でした。
オルガン作品なのか?はい、そうです。
あくまでオルガンが発音します。
通常と異なるのは、オルガンがパソコンと接続されていることです。
さらに、パソコンは2つのJoystickという操縦桿(?)のようなスティックとWiFiで接続され、
スティックを操作することで、スティックの動きと事前にプログラミングした音に関する
複数のファクターをリンクさせてサウンドを作り出していくというものです。
それぞれのスティックは360度回転させることができるのですが、
例えば、1本のスティックの4つ角に「音程の高低差」「テンポ」「規則性・不規則性」「音の長さ」
などのファクターでプログラミングが施され、例えばある角度に傾けるとテンポが徐々に
上がっていく、またゆっくり横に傾けていくと音の高低差が様々な動きを持ちながら広がっていく、
といった具合です。
演奏会では、パフォーマンスを見てもらうために私とトビアスの2人が
聴衆の目線の位置まで降りてきて、目の前でJoystickを操作してパフォーマンスしました。
スティックは非常に滑らかに動く上に無段階で音が変化するため、
作品の楽譜やメモなども存在せず、事前に2人で何度もテストをして
作品の構成やイメージを作り上げていきました。
とても即興的で同じ演奏は2つとなく、そういう意味ではフルクサス的な作品と言えます。
今回のFestwoche、全体にエレクトロの使用が目立った印象でした。
朗読や雑踏、政治家のスピーチなどをスピーカーで流しつつ、オルガンやフルートなどの
楽音とミックスさせたスタイルのロビン・ホフマンやシルヴァノ・ブゾッティの作品は、
人間の声や環境音が与えるイメージと楽音によるイメージをダイアローグのように構成するものでした。
16日に演奏されたハーゲドンによるエレクトロとオルガンのための2つの作品は素晴らしく、
シュトックハウゼンを想起させる有機的なエレクトロの音と、St.Peterのオルガンが
高倍音、グロッケンなどの打楽器群を含んで有機的に何ともスピリチュアルな響きを生み出す不思議な世界が
絶妙に溶け合って、圧倒的な世界観を作り上げていました。
そういえば、今年5月にケルンで開催された現代音楽のためのフェスティバル、Acht Brückenでも
エレクトロの多用は目立っていた印象でした。
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