· 

MIDIとオルガン

MIDIというものは、一体世の中ではどれほど知られているのだろう。

それほどマイナーなものとは思っていないけど、実は認識の度合いが様々だという気がしている。

多分だけれど、クラシック音楽の世界よりも打ち込みで作曲するDTM(デスクトップミュージック)の世界での方が浸透しているのではないかと思う。

今ではすっかり色々便利なツールが出てきて、高校の授業で作曲をやっても素晴らしい作品がボコボコ生まれているくらいだから、きっと若い世代の人たちはこうしたツールをバンバン使いこなしているに違いない。

 

ところが、クラシック音楽愛好家にはこうしたデジタルツールを嫌悪する人も多くて、MIDIというとあまり良い顔をされないか特に興味を持たれずスルーされてしまうことが多い気がしている。

(気のせいかもしれない)

鍵盤楽器で「MIDI」というと、自動演奏をイメージされることが多い。

ピアノのショールームなどで、人がいないのにピアノの鍵盤がボコボコ動いてピアノが演奏していて、何となく気味が悪かったりびっくりしたりするあれだ。

電子オルガンにも割とよくMIDIがついていて、予め演奏をMIDIに録音しておき、再生ボタンを押せば奏者がいなくてもオルガンが一人で演奏してくれる。

まだ学校にパイプオルガンが入っていなかった時、当番を組んでいた高校生の奏楽者が礼拝の始まる時間になっても現れなかったりすることがあって、MIDI機能を使ってやろうかと半分本気で考えたこともあった。

(私は他の当番があって、とても手が回らないことが多かったので)

でもきっと実際にやればとてもシュールな光景だったであろう。

 

当たり前なことではあるけれど、音楽シーンにおいてももれなく、最近はどんどんコンピューターが参入してきている。

デジタルツールを使用しないことなんて、あるのだろうか。

でもドイツ語でいうところのE-Musik(Ernste Musik:真面目な音楽、つまり芸術音楽)においては、音楽の創作にデジタルツールが介在することが珍しくなくなってきたとはいえ、音楽を機械化することについては恐れや忌避感が嫌悪感が他の分野より強く残っているのではないかと思う。

私も演奏者として、人間の演奏よりも機械の演奏を良しとするようになってしまっては困ったことになる。

 

最近のMIDIとトラディショナルな楽器を用いた試みには興味深いものがあると思っている。

2019年の夏に私自身が参加した現代オルガン音楽のための国際フェスティバル(@St.Peter/cologne)では、ドイツの若手作曲家Tobias Tobit HagedornのMIDIを大々的に用いた作品が上演された。

MIDIでオルガンに接続されるのはノートパソコン。

客席の前に置かれるのは2本の木製の棒で、これは作曲家により「ジョイスティック」と名付けられ、演奏会では作曲家のハーゲドーンと私が操作した。

ジョイスティックはつまり操縦桿に相当し、360度全方位に無段階に動かすことができる。

操縦桿の動きはシグナライズされてWi-FiでMIDIに接続されたパソコンに送られ、さらにコンピューターのプログラミングを介してより複雑な音のシグナルに変換されてオルガンが音を発する。

だから操縦桿を操作する人間には、結果的にはどんな音が発せられるのか殆ど想定できない。

ハーゲドーンの作品については、より緻密に「作曲」されたエレクトロニクス(電子音響)とオルガンのための作品が秀逸だと思うが、一定人間の演奏の手を離れた作品というのも、考えさせられるものがあって面白いと思う。

 

ハーゲドーンの試みとはまた異なり、電子制御された楽器演奏の数々を試みているアーティストがいる。

ドイツを拠点に活動する2人組のアーティストで、gamut incという。

彼らは最近「Hyperorgan(ハイパーオルガン)」というプロジェクト名で、MIDI接続の可能なパイプオルガンを使って様々な作品を披露している。

ここには「人間の演奏」という概念は存在しない。機械だからしかできない演奏だ。

ここでは、人間の演奏と機械の演奏とどちらが良いとかいうのは問題にならないと思う。

違和感は当然ある。

だけどこれだけデジタル化している生活を送っていながら、当然考えられるべき世界〜音楽や芸術の分野にも進出してくる電子脳の創造物〜から目を背けてはいけないだろうと思う。

gamut incは今年5月に京都にやってくる予定だ。

ゲーテインスティトゥートヴィラ鴨川のレジデンスアーティストとして京都に数ヶ月滞在予定である。

昨年はオンラインでしか実現できなかったレジデンスプログラムだが、今年は是非実現してほしいと思う。

彼らの来日が叶えば、コロナ以降初めてのレジデンスの再開となるはずだ。

実はgamut incの2人は、岩倉のオルガンを使って「Hyperorgan」のプロジェクトにチャレンジするつもりでいる。

私からも良い報告ができたらと期待している。

gamut incの活動が少しわかる動画を下に紹介しておきたい。

1つ目はケルンの聖ペーター教会のオルガンを使用したもの、2つ目は(おそらく)デュッセルドルフの聖アンドレアス教会での試みである。